今を生きる人が共感する噺を自然な形で表現していきたい

白門人(はくもんびと)インタビュー

 各界で活躍する“白門人”インタビューでは、旬のアスリートやクリエイターの動向も追っています。改めて「クリエイター編」と銘打った第一弾は、令和6(2024)年3月、11人抜きで女性初の抜擢真打昇進を果たした林家つる子さんにご登場いただきました。

「芝浜」を女性目線で演じる

――女性初の抜擢真打ということで周囲からの期待も高いと思います。

林家つる子(以下、つる子) 本当に信じられないという気持ちでお話を受けました。当然嬉しさもありましたが、恐怖や不安、プレッシャーもとてもありました。ですが、またとない機会をいただけたと覚悟を決め、まずは真打披露興行に臨もうと思いました。お客様に「ああ、落語っていいな」「楽しいひとときを過ごせたな」と思っていただけるような、高座をお届けしたいと思っています。

――古典落語の名作「芝浜」を女性目線で演じたことなども、抜擢昇進の理由と言われていますね。

「芝浜」を女性目線で演じる
つる子 二つ目の時はとにかく様々なことに挑戦しようと考えてやってきました。「今」しかできない挑戦があると思っていましたから。もちろん、賛否両論のご意見を頂戴しましたが、そのうちの一つが「芝浜」を女性・おかみさんを主人公にして、違った角度から描いてみるといった試みでした。前座の頃は、師匠方の高座を舞台袖で沢山聞くのですが、芝浜を聞いていると、おかみさんはこの間何していたのだろうと、描かれていないストーリーの部分がとても気になりました。自分の中で、もしかしたらこういうシーンだったのではないかというのが浮かんできました。それなら、二つ目に昇進して自由に挑戦できるようになったら、今思い描いたものをちゃんと噺にして高座にかけてみようと思いました。
 この挑戦はメディアでも多く取り上げていただけましたし、師匠方からも、「あれいいね!」や「面白いよ!あの挑戦」とお声がけいただくこともございました。同じ業界の師匠方からのそうしたお言葉は、本当に心強く、とても励みになりました。

――「女性初」とか「女性の」とか、男性が多い落語界にあって、とかく女性であることが強調されますが、それについてはどうお考えですか。

つる子 落語界は男性が多いところです。師匠の中には、女性に稽古をつけるのは難しくてできないと仰る方もいらっしゃいましたし、高座に私が上がると「なんだ女か」という声がお客様の中から聞こえたこともあります。でも、だからどうだということはあまり考えませんでした。例えば「芝浜」を女性目線で演じたのも、女性の立場を主張したいとかそういう特別な感情はありません。ただ単に描かれていないおかみさんの行動が気になったというのが動機です。でもそうはいっても、やはり自分が女性だから気になったのかもしれませんね。
 男性の師匠方と同じ形で古典落語の稽古に励むことも大切なことだけれど、女性の落語家にしかできないこともきっとあるだろうという思いが私の中にあります。「女性初」とか「女性の」が嫌だとかそういった思いもそんなにありませんし、逆に「女性の立場を確立させたい」などもなく、今を生きる皆さんが共感してくださるような噺を、自分が自然な形で表現できたらいいなと思っています。

古典落語の世界観は崩さずに

――他の女性の噺家さんとの交流はありますか。

つる子 入門した頃に前座のリーダー、「タテ前座」でいらした蝶花楼桃花姉さんは、ご一緒させていただく機会も多い先輩です。桃花姉さんもいろいろ挑戦を続けられている方で、その姿にたくさん勇気をいただきました。私が挑戦していることについても応援をしてくださって、支えになってくれている頼れる先輩です。そして、私の一つ上の姉弟子、林家なな子姉さんとは、前座修行の日々を毎日一緒に過ごしていました。もう戦いの日々を二人で協力しながらくぐり抜けてきた「戦友」というイメージです。私は学生からすぐこの世界に入りましたが、姉さんは社会人も経験しています。一門はとても家庭的な雰囲気ですで、一人っ子の私は姉さんを本当のお姉ちゃんのように感じています。みんな集まると終始笑いが絶えず、周りからうるさいと怒られることも(笑)。本当にいい一門に入れたと、心から思います。

――今の聞き手の共感を得たいと考えた時、言葉遣いや古典の世界の理解などだんだんと難しくなっていくような気がします。

つる子 確かに、お客さんが若い世代になっていけばいくほど、落語の中の世界の不自然さや違和感はどうしても生まれてくると思います。今の時代では使わない言葉遣いもかなりありますが、その中でも、古典落語に出てくる、誰かを好きになったり、辛い思いをしたりというような部分は、昔も今も同じものがあると思います。その部分が出せれば、今を生きる人たちの共感を得られると思います。もちろん、言葉や道具、身分制度などがわかっていないと笑えない噺というのも実際あります。それでも他の伝統芸能と違い、ある程度の柔軟さが許容されているのが落語ですから、時代に合わせて少しずつ変化させていくことができると思うんです。古典落語は、そのほとんどが男性が主人公で女性は場面としては少ししか出てこないという噺が多いです。ですが、古典落語を生きるおかみさんや遊女といった女性たちの中にも、今を生きる私たちと共感できる思いがあるはです。古典落語の世界観を崩さず、それを演じていくことが今後の真打になってからの目標でもあります。

中大ではじめて落語に出会う

――以前、学員時報に登場していただいた時(平成29年7月号)は、いつか中国語で落語をやってみたいと仰ってましたね。

つる子 私は中国語を学問として学びたかったので、中国語を学べる大学を探していました。その中で中央大学に合格でき、中国言語文化を専攻しました。落語の世界に入ったからにはいつかは中国語での落語に挑戦したいと思っていますが、まだ実現していません。それでも、私のプロフィールを見て興味もっていただいた方から、中国関係の方に向けての落語会の企画をいただいたりしています。先ほどお話ししたおかみさんを主人公にした芝浜を中国語に訳していただくという話もありますから、ぜひ挑戦していきたいと考えています。
 落語のグローバル化という点では、以前、ハワイの方々向けの落語会がありました。お客様は日本語が堪能な方ばかりではなかったのですが、幽霊が出てくる話など、少し所作が多い話を選んだのですが、とてもよく理解して笑ってくださっていました。落語って国を超えて楽しめるかもと感じました。中大出身の三遊亭竜楽師匠(昭56法)は、既に色んな国で、世界各国の言葉で落語をされています。国によってウケ方が違うというお話は、特に、興味深かったです。

――中国語を学びに入った中大で落語に出会ったわけですね。

つる子 その通りです。入学したばかりの頃、ペデストリアンデッキでいきなり漫才を見せられ、そのまま立て看板に囲まれて落語研究会の説明ブースに連れていかれました(笑)。高校で演劇を少しやっていたので喜劇やコントには関心がありましたが、落語は全く知りません。コントをやれるなら面白そうだと落研に入りましたが、ほぼ落語一色でした。でも、その世界にどんどん引き込まれました。就活もしましたが、やっぱり落語の世界でやっていきたいという自分の気持ちに気付き…。師匠の元へ入門に至るまでも、落研の公演を毎回見に来て応援してくださった先輩や、仲間、現在落語研究会の顧問でいらっしゃる黒田絵美子教授に、たくさんご相談に乗って頂きました。だから、中大に入学していなかったら私の落語家としての人生はなかったのです。
 入門して、前座の頃は修行の日々。厳しいですし、自分のやりたいこともできず、そういった意味では辛かったのですが、不思議と辞めようとは思いませんでした。とにかく、ここを耐えて二つ目になって色んなことに挑戦するんだという思いが強かったです。二つ目になってから自分の芸がダイレクトに評価されるようになり、周囲の期待に応えようと思ってもうまくいかなかったり、お客様が集まらなかったりしたこともありました。正直、自分は向いていないんじゃないかなと少し落ち込んだりした時期もありました。そんな中でも、応援してくださる方々の存在が支えでした。

応援してくださる方々の存在が支え

 二つ目になって学員の皆さんにもいろいろ応援していただくようになりました。辛い時は、「真打になるのを楽しみにしてるよ」と言ってくだった方々の声を思い出し、期待に応えたいと頑張って決ました。林家つる子を作ってくれたのは中央大学だと思ってます。

――真打としてのこれからの目標や、私たち学員会が応援できることがあれは仰ってください。

つる子 二つ目時代と一番違うことは、寄席でトリをとる、ということです。それと、弟子をとることが許されます。でも、真打はゴールではなく、むしろ始まりだと思っています。当面の目標は、寄席でトリをつとめたときにお客様に満足していただける高座を成し遂げるということです。学生時代に寄席に行った時、やはり一番最後に出てくるトリの師匠への期待値は大きかった。自分はこれから、お客様のそんな期待に応える噺をしていかねばと思っています。同時に、テレビ、ラジオ、YouTubeなどにもどんどん出て落語を発信していくつもりです。
 私自身、入学時に落語研究会の勧誘を受けなければ、まったく落語に触れぬままいたかもしれません。ですから、世の中の若い世代に、どんどん落語を知ってもらうきっかけをつくる。真打になってからも、そんな活動もたくさんしていきたいと思っています。
 学員の皆様にはこれからも変わらぬご支援をお願いいたします。また、世の中に落語を知ってもらう機会をつくっていただければとも思います。まずは寄席に、私の高座を聞きに来てください。チケット、絶賛発売中です!

応援してくださる方々の存在が支え

 林家つる子さんの公演情報はこちらから >>>
2024年6月8日「林家つる子真打昇進記念落語会」
中央大学落語研究会はくらく会主催
会場:渋谷区文化創造センター大和田「伝承ホール」

 I am Chuo OB・OG(林家つる子さん) >>>

白門人
林家つる子氏

(平22文)
林家 つる子 氏
落語家

はやしや・つるこ
群馬県高崎市出身。平成22(2010)年3月中央大学文学部卒後、同年9月に九代林家正蔵に弟子入り。平成27(2015)年11月、二ツ目昇進。令和6(2024)年3月真打昇進。特技は日本舞踊、中国語。

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