情報から誰一人取り残されない
社会を目指し実践したい

白門人(はくもんびと)インタビュー

 各界で活躍する“白門人”インタビュー。今回は、岡山・香川を放送エリアにするフジテレビ系列のテレビ局・岡山放送のアナウンサーで、「手話放送」の担当もする篠田吉央氏にご登場いただきました。篠田氏らの取り組みは2020年にバリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰(内閣府特命担当大臣表彰優良賞)を受賞。学員会では同氏に第1回の「学員薫風賞」を授与しています。

当たり前に情報を楽しめる環境の創出

――バリアフリーの国際賞「ゼロ・プロジェクト・アワード2024」を受賞されました。今回で2度目と伺っています。

篠田 「ゼロ・プロジェクト・アワード」は、世界中のバリアをなくす取り組みを行っているウィーンに本部を置く団体「ゼロ・プロジェクト」が授与するものです。岡山放送(以下、OHK)では、約30年にわたって聴覚障がい者の方とともに手話放送に取り組んできました。「ゼロ・プロジェクト・アワード」の1度目の受賞は、私がキャスターとして担当した「手話が語る福祉」など一連の情報のバリアフリー推進活動が評価されました。2022年です。この受賞をきっかけとして、会社に社内横断的組織「コンテンツ戦略プロジェクト」が立ち上げられ、手話の取り組みだけではなく、情報のバリアフリーやゼロバリアに関する活動を中長期的に行う準備を進めてまいりました。活動の発展とともに、プロジェクトが「情報アクセシビリティ推進室」、「情報アクセシビリティ推進部」と組織化が進み、私が部長を担当しています。
この部署で、障がいの有無に関わらず誰もが一緒にスポーツ観戦を楽しめることを目指して「OHK手話実況アカデミー」を創設しました。2度目となった今回の受賞は、それが評価されたようです。

――篠田さんたちがめざす「ゼロ」とは、どういうところをめざしているのでしょうか。

篠田 障壁がないという意味でのゼロバリアです。手話放送のイメージというと、みなさん福祉的なテーマの番組や行政の取り組みを紹介するコーナーを思い浮かべる方が多いと思いますが、ご自身がテレビを見る時に、こうした番組だけで満足か。あらゆるテレビ番組に触れ楽しめることが、同じ社会を共有している証になるのではと、手話放送の担当としてろう者と触れ合う中で感じたんです。私たち放送局の仕事は多くの人々に情報を「伝えること」。私自身は、情報から誰一人取り残されない社会を目指す、そう考えるようになって、手話に対する自身と会社の取り組みのあり方が変わってきました。
今、バリアフリーやゼロバリアに関する取り組みとして重要視しているのが、いわゆるチャリティーやボランティアといった福祉的なテーマからの脱却です。「美味しいものを食べたい」「観光したい」「スポーツを楽しみたい」といった誰もが当たり前に楽しめる環境を創出することを目指しています。その一つが「手話実況」です。
「手話実況」は、一般財団法人トヨタ・モビリティ基金が企画した2022年アイデアコンテスト「Make a Move PROJECT」から誕生したものです。多様な人々がレース観戦を楽しむためのアイデアとして、2022年10月にOHKがモータースポーツの手話実況を日本で初めて実施しました。私がたずさわっている「OHK手話実況アカデミー」は、同基金の助成を受けながら人材の育成と技術の向上を目指し、さまざまな研修や実践を行っています。
またOHK では、今年開催された第76回香川丸亀国際ハーフマラソンを「手話実況付き」で生中継しました。アナウンサーの声をただ手話に変換するのではなく、ろう者の実況担当者によるリアルタイムの手話実況です。音声実況内容を手話で通訳するだけでなく、レースの映像から読み取るリアルタイム情報と、自ら事前取材した選手や競技に関する情報を、白熱したレース展開に合わせて手話で表現しました。準備段階では、マラソン中継スタッフ、手話通訳者、ろう者の3者が協力し、約2ヶ月間研修や検討を重ねました。ろう実況者が実際に事前にコースを走り、坂の勾配などを実感してもらいましたが、それも実況にも反映できたと思っています。
現在は2025年に日本で初めて開催されるろう者のオリンピック「デフリンピック」を目指しています。その実践を想定しOHKの番組やスポーツ中継では、ろう実況者による手話実況が行われています。

放送局のアナウンサー

学生時代の学びが今も基本にある

――放送局のアナウンサーという声を発する仕事の人が、声や音によらない実況を追求していることに興味があります。

篠田 私は放送局も過渡期にあると思います。放送を流してさえいればスポンサーがつくという時代ではありません。でも私たちは社会のために情報を伝える使命があります。では、これからどうすべきか、それを考えています。
簡単に答えは出ませんが、私自身は、学生時代に中大の弁論部「辞達学会」に所属していました。サークル名は孔子の言葉である「辞達而巳矣(辞ハ達スルノミ)」から来ていますが、そこで理念として学んだのは「実践者たれ」でした。単に情報を発するのではなく、実際にそれを社会に役立たせるためにはどうしたらいいのか、そこまでを考えるのが責任だということ。この考えが、今、私たちが直面する課題を考えるうえで大切だと思っています。
私たち放送局に必要なことも、まさに伝えるだけの技術ではなく、いかに「辞」を「達」するかということですね。アナウンサーにとって表面的に学ぶのは滑舌の練習や表現技法、発声などですが、それらももちろん大事なことではあるけれど、情報というのは相手に伝わらなければ意味がない。放送においても、単に報じるだけでなく、相手にきちんと情報が届いたうえで、その人が一歩を踏み出せるように届けきらないとダメだと思うんです。そのためには一方的ではなく、相手が欲しい情報を自ら能動的に取得しに行くような伝え方が必要。思えば、学生時代に辞達学会で学び考えたことが、今もものを考えるうえでの基本になっているんですね。

辞達学会、中央大学の縁を感じる

篠田 「東京2025デフリンピック」についてリサーチを進めていた際、学員時報でその準備運営本部の責任者が辞達学会の先輩の塩見清仁さんだということを知りました。当然、学生時代は面識のない方でしたがいきなり電話をしました。いろいろアドバイスをいただき大変感謝しています。ここでも、辞達学会、中央大学の縁を感じます。
私はお祖父ちゃん子でした。祖父のことが大好きでしたし尊敬もしていました。岐阜県で生まれ育った私は、大学生になったら東京に出てみたいと思っていました。でも、両親は反対です。地元の国立大学にも合格しましたから、わざわざ東京の私立に行くこともないだろうと。でも祖父だけは私の気持ちを分かってくれて、娘の婿である私の父に頭を下げて「東京に行かせてやってくれ」と頼んでくれたのです。厳格な祖父が人に頭を下げるところを私は初めて見ました。祖父のおかげで中央大学に入ることができ、そのことで辞達に入り、そこでのことが私の人生に大きな影響を与えました。一昨年、「学員薫風賞」をいただき、大学での授賞式に呼んでいただきました。母校で表彰を受けるということは望外のことでしたが、ここに進学させてくれた父母への感謝もあり同行してもらいました。そしてその日私は、亡き祖父の分骨された遺骨ひとつを、背広のポケットに入れて臨んだのです。すべてはこの学校から始まったということを、感謝とともに祖父に伝えたかったのです。

デフリンピックとは

 令和7(2025)年11月15日~ 26日の12日間に開催される「東京2025デフリンピック」。「デフリンピック(Deaflympics)」とは、英語で耳が聞こえないことを意味する「deaf」とオリンピックを合わせた「ろう者のためのオリンピック」を意味する造語。オリンピックと同じく、4年に1度開催されています。デフリンピック準備運営本部を設置している東京都スポーツ文化事業団理事長・塩見清仁氏(昭58法)は、デフリンピックについて次のようなメッセージを寄せています。
「2025年に東京で開催される夏季デフリンピック競技大会は、日本初の開催であり、1924年にパリで第1回大会が開催されてから、百周年の記念となる大会です。東京都スポーツ文化事業団は、全日本ろうあ連盟、東京都とともに「開催基本計画」を策定し、大会の成功や大会後のレガシーの構築に向けて準備を進めています。この記念すべき大会を、スポーツの魅力や価値を広く都民、国民に伝え、共生社会づくりにも貢献できるものとしていきたいと考えています。」
白門人
篠田吉央氏

(平17経)
篠田 吉央 氏
岡山放送(OHK) アナウンサー

しのだ・よしお
昭和56年8月22日生まれ。岐阜県美濃市出身。在学中は弁論部・辞達学会に所属するとともに「北朝鮮に拉致された中大生を救う会」の活動にも参加。4代目代表幹事として、日本へ帰国した蓮池薫氏の復学に尽力した。卒業後、岡山放送入社。現在は情報アクティビリティ推進部長。アナウンス業務だけでなく、数多くのニュース特集やドキュメンタリー番組の企画制作にも関わる。手話番組「手話が語る福祉」などを担当するとともに、さまざまな手話表現を追求。宮内庁から聴覚障がい者支援に熱心な佳子内親王への御進講を依頼されるなど、その取り組みが注目されている。

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