注目されるデータサイエンス
学ぶべきは「人間中心」の考え

實地應用ノ素ヲ養フ 第3回

数学や統計学、機械学習などを活用して収集・蓄積された大量のデータを分析し、さまざまな課題を解決していく「データサイエンス」が注目されている。この分野の専門家として、実際にスポーツの現場でも効果的に活用している酒折准教授に、その内容と大学での講義や研究について伺った。

スポーツ界はアナリストの育成が必要

 バレーボールなどの試合中に、監督がタブレットを操作しているのを目にすることが増えている。これらはスポーツでデータサイエンスが活用されているシー ンの一例である。試合をどう進めたらいいのかや選手個人の分析だけではなく、チーム編成やトレーニングに至るまで、さまざまな知見がデータにより抽出され、活用されている。そして、そのデータを入力したり、分析し監督や選手らに情報を提供したりするのが「スポーツアナリスト」である。
 酒折准教授は、データサイエンスの立場から、これからの日本のスポーツ界全体のとるべき方向についてこう語っている。
 「日本国内においても、まだ遅れてはいますが、データサイエンスを活用する流れにはなってきています。バレーボールのほか、フェンシングなどさまざまな競 技ですでに活用されています。ただ、アナリストがベンチ入りしたり、監督に助言できたりする状態であるかどうかは、まだスポーツごとに対応が異なります。アナリストの育成に力を入れ、戦術に生かされていくというのがおそらく、これからめざすべき姿になってくるとは思いますね」
 一方で、スポーツにどこまでAI を活用するかは議論されるところでもあるようだ。プレイヤーも視聴者も人間であり、スポーツは人が人を見て楽しむものであるからだ。
 「人間がやってるから楽しいんだっていうこともありますよね。ロボットがバッターやピッチャーになったら、何も面白くありませんからね」とも付け加えている。

従来の統計学とAIの融合が重要

 酒折准教授の主たる研究テーマは統計学の理論や統計科学。その統計学と共にスポーツ分野でデータを運用する活動を行っている。ここ数年は卓球のデータを収集し、機械学習に応用していくような試みにも取り組んでいる。中央大学では現在、AI・データサイエンス研究を全学的に推し進めており、酒折准教授が中心となってその教育にも力を注いでいる。
 従来からある統計学と人工知能(AI)の一種である機械学習はどう違うのか。
 「医薬品の開発においては、統計学的に有意な差があるということが認められないと薬を世に出せません。このように、エビデンスに基づいた判断には統計学が欠かせません。一方で、これまでできなかったようなタスクを機械に自動化させたい時には統計学の手法では精度が不十分なこともあります。このような場面においては、ディープラーニングなどによる機械学習が力を発揮します」
 ただし、機械学習の結果は一般的に解釈が難しく、なぜそのような結果が出力されたのかを人間が理解できないことも多い。精度高く予測などのタスクが行えることよりも、原因を人間が理解することに重きが置かれることもあり、このような場合には統計学が不可欠である。これからの時代、機械学習との融合や使い分けはますます重要だと酒折准教授は強調する。

数学は「言葉」。正しく伝えることを指導

 昨年、米OpenAI がChatGPT を発表し世の中に衝撃を与えたこともあり、AI やデータサイエンスといった分野の注目度がこれまで以上に高まっている。また、学生にとっても、それらの最先端技術を大学で学んだということは就職を考慮する上で大きな武器になる。データサイエンスを学んでデータサイエンティストをめざしたり、関連した仕事に就いたりしたいという学生は最近とても多くなってきているようだ。
 「AI・データサイエンスに関わる仕事に就きたいと考える学生が増えています。私の所属する数学科の学生の中にも多く、私の研究室で学んだ学生の多くは関連する仕事に就いています。また、私が担当している他学科科目や全学部科目の履修者の中にも、こうした業界に進みたいと考える学生がいます。学部・学科により学ぶことは異なりますが、それぞれが自分の強みを持ちつつ、AI・データサイエンスのスキルや知識を活用して働けるのもこの業界の特徴です。数学科の学生は理論に強く論文や技術文書の数式展開を追う力には長けていますが、実装力や分析結果を読み取り活用するための広い背景知識は他分野の学生のほうが得意なことも多いですね。最近は、数学という「言葉」で書かれている事柄の「意味」を適切にキャッチできない学生も増えているように思いますので、授業や研究指導でもそのギャップを埋めたいと思っています」

AI・データサイエンス教育プログラム

 酒折准教授らは昨年から、理工学部だけではなく全学部からゼミ生を受け入れる「AI・データサイエンス教育プログラム」も実施している。このゼミは、法学 部や文学部といった学部間の垣根なく、学部生の2年から4年までの3年間ゼミに所属し、AIやデータサイエンスを用いて、プロジェクトを進めるというものだ。このプログラムでは酒折ゼミのほかにも計4つのゼミが開設されている。
 2年目を迎えた酒折ゼミでは複数のプロジェクトが進行しており、硬式野球部でデータをいかに活用していくかというプロジェクトがある。試合や練習のデータを分析したり、データ収集・可視化のためのアプリを開発したりしている。
 「データをどのように分析し、何を読み取ればよいのかを理解するのは容易ではありません。統計学だけでなく、野球についての知識も不可欠ですし、結果を 誰にどのように伝えるのかが何よりも難しいです。そしてさらなる分析に向けてより詳細なデータを取得できるように、より現場で活用してもらえるように、アプリの開発も進めています」
 学生が入れ替わるなかで、プロジェクトにさらに新たなテーマを設定し、進化させたいという。

AI・データサイエンスで学ぶこと

 学部横断のゼミに対する文系学生の高い関心など、AIやデータサイエンスには大きな注目が集まっている。こうした状況について、酒折准教授はこう語る。  「特に生成AI はそのインパクトが強く、良くも悪くも日々ニュースで目にする機会が増えました。話題となり、使用する人も増えた。私たち研究者は、技術の革新であるとか、なぜそれを使うとうまくいくかといった理論解明に貢献していきたいと考えます。
 一方で、技術をただ過信すると落とし穴があるのも事実です。生成AI については、昨今では規制をするといった議論も出てきていますが、法的・社会的な面を技術者側は軽視してしまいがちです。あくまでも人々の暮らしが良くなるためにAI を使うのであって、すばらしいAIをつくることがゴールであってはならないと思います」
 その上で、こう念を押す。
 「よく言われることですが、あくまでも人間が中心。その精神を念頭におくことが大切。研究だけではなく、スポーツ等でデータサイエンスの研究成果を実用化する時にも、例えばそれがプライバシーを侵害していないか、その選手の成長を阻害してしまうことにならないか、やる気をなくす結果を生まないかといったことを考え、配慮する姿勢が必要です。学生には、そういうことを理解できるように教えていきたいと思っています」
 AI・データサイエンスの学びは、まさに文理融合、実地応用の素を養う機会といえそうだ。

酒折 文武 氏
中央大学理工学部 准教授

さかおり・ふみたけ
博士(理学)。平成10(1998)年、中央大学理工学部数学科卒。同15(2003)年、中央大学大学院理工学研究科数学専攻博士後期課程を修了。立教大学助手、中央大学専任講師等を経て、同21(2009)年より中央大学理工学部数学科准教授。同25(2013)年度カリフォルニア大学アーバイン校(UC Irvine)客員研究員。研究領域は、統計的モデリング、計算機統計学、スポーツ統計科学、統計教育。

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