白門人(はくもんびと)インタビュー
本紙『学員時報』では、中央大学を愛し、支えるすべての関係者を「白門人(はくもんびと)」と呼ぶ。各界で活躍する白門人を紹介する本欄の今号は、今年7月に検事総長に就任した畝本直美氏に登場していただいた。 取材:学員会副会長・松田啓(昭61法)。
大学生2年間はモラトリアム
―― いつ頃から法曹を志したのですか。
畝本 大学3年生からですね。高校生の頃は、何かになりたいということは特にありませんでした。ただ私たちの時代はまだ、女性が働くには何か資格がなければならないという風潮がありました。それで法学部を志望し、「法科といえば中央」ということで受験しました。本当はもう一つ理由があって、その頃は多感な時期で、親から離れたい、家を出て一人暮らしをしたいと思っていました。多摩の中大なら家からは通えない、一人暮らしができると(笑)。親のすねかじりで一人暮らしをしたんですけどね。
大学に入ってから2年間はモラトリアムというか、友だちと遊びに行ったり、徹夜して明け方までボウリングしたり。自分は何がしたいのかなということをぼんやり考えながら、筒井康隆さんの小説を夢中になって読み、芝居を見に行ったりもしていました。3年生になって本気で法律の勉強をしよう、司法試験を受けようと思いました。3年生秋から入れる研究室は少なくて、郁法会に入れてもらい、そこからは1日10時間ぐらい勉強しました。今思うと、その前の2年間のモラトリアムがあったからこそ、勉強に打ち込むと決められ、集中できたのだと思います。
―― 検察官=検事を選ばれた理由は。
畝本 学生時代、法律を勉強していく中で、刑事法や刑事政策に強く興味を持ちました。何か、人生が詰まっているような感じがして。人はなぜ罪を犯すのか、とか。それでも、特に検察官になろうと決めていたわけではありません。
司法試験に受かって仙台で修習をしました。裁判官、弁護士、検察官の実務修習をした時の、検察の印象が良かったんですね。担当指導官でもない検察官や事務官の方に飲みに連れて行ってもらうと、そこで太宰治の小説や哲学の話が出たりして。生身の人間にとても興味、関心を持つ人たちが、きちんと人に向き合って仕事をしているんだなと感じ、それで検察官になろうと決めました。
検察の世界って上意下達だと思っている人は多いようですが、そんなことはありません。下も上にどんどん意見を言いますし、フラットなところがあります。それは私の修習生当時も今も、変わっていないと思います。
もっとも、検察庁に入ってからのキャリアでは検察の仕事が半分、あと半分は法務省の民事局や人権擁護局、秘書官などいろいろやりました。司法研修所の教官や法テラスへの出向などもありましたね。人事異動ではいつも、こちらの希望ではなくいきなりそこに行くように言われます。発令され「民事局って何するところ?」みたいな感じ。でもそういう経験は、私にとって良かったと思っています。検察の仕事は自分で選んだ仕事ですから面白いのはもちろんですが、自分が当初予想していなかった仕事も本当に楽しいというか、いろんなことを学べました。
適性があるから女性が増えた
―― 在学時は、法曹志望者ばかりでなく、法学部自体に女性が少ない時代だったと思います。今、法学部は45%が女性です。
畝本 私たちの頃の法学部は女性が1割に満たなかったようですね。入学式で、男子ばっかりねと話しかけてきた女性とは、今でも仲良しです。とにかく女子は少ないですから、別のクラスでもほとんど名前はわかるという感じでした。
法律って社会の紛争解決のためのルールで、それを扱うのが法律家。社会は男も女も同じぐらいいるのに、法学部が男ばかりというのはおかしいと思っていました。今、半分近くになったということですが、それがふつうですよね。
―― 近年は法曹界で活躍する女性が増えていますし、特に検察官は多いですね。令和4年12月採用では新任検察官の49.3%と聞きました。これは政策的に進めているのですか。
畝本 私もその数字には驚きました。でもそれは、女性を増やそうとしてそうなったというよりも、修習生のうち、検察官に適性のある人を探すと女性が多いということかもしれません。検察官は犯罪の疑いがある事象について、真相を解明する仕事です。一生懸命証拠を集め、身柄事件であれば限られた勾留期限で結論を出さねばなりません。真相解明の熱意が大切ですし、警察その他関係機関との連携ではコミュニケーション能力やリーダーシップが求められます。それらを備えた人が検察官として適性がある人。今の時代、そういう人に女性が多いということですかね。
―― 検事総長という要職に就かれ、まずどのようなことをしていきたいとお考えですか。
畝本 私自身は検察官の仕事を、大変ですがやりがいのある仕事だと思って取り組んできましたが、今、この立場になると検察組織全体を見なければなりません。最高検察庁のもとに高等検察庁があり、さらに50の地方検察庁があります。実際に事件を扱うのは主に地方検察庁ですが、ここがきちんと仕事をしていける環境を整えるのが最高検、あるいは検事総長の仕事だと考えています。例えば、デジタルの証拠の解析手法を支援したり、AHT*など専門的な知識が必要な捜査・公判に知見を提供したり、地方検察庁だけでは対応し難いことを支援していくことが求められます。
また、やはり検察庁も「職場」ですから、働きやすい環境にしていくことも私の仕事になります。女性の検察官が増えても、その人たちが仕事を続けられる環境になっているかどうかも考えないといけません。まだまだ結婚すると家事や育児の負担が女性に偏りがちという現状があります。また、転勤の問題もあります。一方で既婚者への配慮のために独身者にしわ寄せがあっても困ります。在宅ワークをしたくても、個人情報の塊の膨大な書類を家に持ち帰るわけにはいきません。その点からもデジタル化は必要ですし、フレックスタイムの活用や休暇の確保など、ワークライフバランスのためにやらねばならないことはたくさんあります。ハラスメント防止も含めて、とにかく全国の検察官がしっかり仕事をできるように環境を整えていくことが、自分の仕事だと思っています。
本インタビューは8月29日、最高検察庁において、学生記者による大学広報誌『HAKUMON Chuo』取材と合同で行われた。
取材した木村結さん(法2。右)と松田啓副会長(左)
広い視野のある人材の輩出を
―― 卒業して中大を思い出すことはありますか。また、卒業生として中大はこれからどうあって欲しいですか。
畝本 学生時代は橋本公亘先生のゼミでした。渥美東洋先生や木内宜彦先生の授業はよく覚えています。私にとっての中大は、法的思考の基礎を与えてくれた場です。そして何よりも、若い私がいろいろと考えを深めていく環境がありました。卒業後、学員会の東京検察支部の総会に行くと、こんなにたくさん先輩がいるんだと思いました。その後は、転勤で地方に赴任すると、現地の支部の方が歓迎会を開いてくださる。不慣れな土地で、本当に心強かったですね。箱根駅伝も、毎年、同期の仲間と連絡を取り合って応援しています。
卒業生として中大に望むことといえば、法学部出身者としてはいつまでも「法科の中央」と呼ばれ続ける存在であってほしいですね。でもそれは、単に試験合格者が多ければいいということではありません。広い視野を持って柔軟な思考ができる学生が育つ環境で、そういう人材をたくさん輩出できる大学であり続けてほしいと願っています。
(昭60法)
畝本 直美 氏
検事総長
うねもと・なおみ
千葉県出身。県立千葉高校から本学に進学。郁法会に所属し司法試験後に合格(40期)。昭和63(1988)年に東京地方検察庁検事任官。高知地検検事正、法務省保護局長などを経て令和3(2021)年7月に女性初の検事長として広島高検検事長に着任した。令和5(2023)年1月から検察ナンバー2の東京高検検事長を務めた。