大阪・関西万博キャラクター『ミャクミャク』命名の舞台裏と“ネーミング”について

實地應用ノ素ヲ養フ 第7回

 開催中の大阪・関西万博の公式キャラクター『ミャクミャク』。そのユニークな愛称の選考に携わったのが、本学の飯田朝子教授。日本ネーミング協会理事として愛称選考委員を務めた飯田教授に、選考の舞台裏と“ネーミング”について聞いた。

選考は多方面から検討

 関西万博キャラクターのネーミング選考依頼を受けた飯田教授は、東京スカイツリーの命名経験もあった。今回も「実業家やコピーライターだけでなく、音声学や意味論など学者としてのコメントが必要だと感じたので引き受けました」と語る。
 選考は公募されたものから商標確認や重複チェックを経た40あまりの候補から行われた。選考会議は「どういうものがこのキャラクターにふさわしいか、最初は投票で決めました」。その結果、高い得票を取った8 作品ほどが1次選考を通過し、2次選考に上がるという手順。
 選考では多様性も重要。「〇〇ちゃん」「〇〇くん」といった性別が固定される候補や、9か国語で不適切な意味につながりかねない音は除外されていく。キャラクター設定の考慮は「水辺に住んでいて体の形やデザインをいくらでも変えられるという特徴なので、水分を含んだような名前がいいのではないかとか、Mの音『マミムメモ』やNの音『ナニヌネノ』が入っているもの」が最終候補に多かったという。一方で「ポケモンやプリキュアのように、パ行の音が入るとお子さんが発音しやすく、可愛らしい弾ける感じがするため「『パピプペポ』というパ行の音」も好まれた。
 最終選考では大阪らしさも重要な要素とされ「大阪のキャラクターなので『なんでやろ』みたいな案も出ました(笑)」が、「結局『ミャクミャク』が、皆さん一番大阪っぽく、キャラクターの変幻自在の柔軟性と万博の未来への伝承に合っているのではないか」となり、最後は別の候補との一騎打ちの決選投票で決定。そして名称決定後は「『ミャクミャク』は最初にアクセントが来るようにして、『脈々』という副詞的な用法ではなく『ミャクミャク』として使う」といったイントネーションまで決められたという。

学生は人生初の万博

 キャラクター自体については、発表当初は違和感を覚えるという声も少なくなかった。しかし名前を発表し、着ぐるみが出てきて、実際に万博が始まってPRが盛んになると人気は上昇。いくつかの調査でも、認知度も5割に迫っています。
 最初はちょっと不気味だったキャラクターだが「目が慣れてきたのかも(笑)」と飯田教授は言い、「学生がミスタードーナツのポンデリングを赤いチョコレートでコーティングしてインスタに出し、『これはミャクミャクリング』という感じで遊んでいたりして、愛され始めてよかった」とも。実際、先年の東京オリンピックの2体のキャラクターに比べても、『ミャクミャク』の認知度は高い。「当初の目的は皆さんに知ってもらって万博の開催を告知することでしたので、その役割は果たせているのでは」とも語る。

 関西万博自体についての学生の関心は高いと教授は言う。国際経営学部は英語で授業が行われており、外国人と接する機会を望む学生が多い。「ゴールデンウィークに万博に行きましたと言う学生も多く、自分の国のパビリオンもぜひ見たいとか、日本で自国の誇らしい文化を見せるのは楽しみですと言う留学生も多い」という。
 70年の大阪万博を経験した世代には、現代における万博の意義について意見を持つ人も少なくないが、「人生初めての万博という学生たちにとってはオリンピックが体育祭なら、万博は文化祭のようなもので、年配者とは違う感覚で楽しんでいるようですね」と教授は指摘する。そして『ミャクミャク』のキャラクターについては、「子供の頃の筑波万博の『コスモ星丸』を私は今でも好きです。『ミャクミャク』も今の子供たちにとってもそんなふうになってもらえればいいのですが」と話す。

愛称発表イベントでの飯田教授

愛称発表イベントでの飯田教授。『ミャクミャク』のキャラターは、細胞をイメージした赤い楕円が連なる奇抜な万博ロゴマークを使い、「水の都」大阪にちなんで水を組み合わせたデザイン。愛称募集には関西を中心に33,197作品が寄せられた。『ミャクミャク』には2人から応募があった。それぞれ「『脈々』と受け継がれてきた私たち人間のDNA、知恵と技術、歴史や文化」「赤色と青色が動脈と静脈を連想」などのコンセプトがあるという。

ネーミングで大きく変わる

 国際経営学部で学生に“ネーミング”を教える教授だが、「最初、商学部で言語学のゼミを開いたところ、学生は誰も来なかった」という。ある時、電通に勤める知人からコピーライター養成講座に誘われ、その時の講師が岩永嘉弘氏(現・ネーミング協会名誉会長)だった。「課題をやって褒められました。それでいい気持ちになって」言葉を使ってビジネスを活性化していくような授業に方向転換、ゼミも「ネーミング・キャッチコピーのゼミをやります」という告知に変えた。ゼミの看板を変えた効果は劇的で、瞬く間に定員の3倍の応募。「私は全然変わっていないし、教えることの基本的な部分は変わっていないのですが、ネーミングの力を実体験することになりました」と。学生がネーミングに興味を示す理由も明確で、「ビジネスで使えそうだとか、将来そういう仕事をしたいとか、夢が広がるのでしょう」。
 近年、学生のネーミングに対する感度は一層高まっていると教授はみている。SNS が盛んになり学生の感覚も変化。SNSの投稿では#(ハッシュタグ)を使うが、「その#の名前が普通だったりつまらなかったりするとアクセスが伸びません。なるべく興味を引くような形にしたり短くして言いやすくしたりと、昔よりもずっとビジネス以前の自分の趣味や関心のレベルで、ネーミングについて皆さんとても気をつけています」。
 市ヶ谷田町キャンパスのビルを「ミドルブリッジ」と名付けたのも飯田教授だ。「ミドルブリッジ」には、明治初期からの時を経て本学の創設者達が学んだイギリスの法曹養成機関である「ミドルテンプル」への橋渡し、という意味と、本学の都心の最前線拠点として、学生、教職員、学員相互の架け橋でありたい、とする2つの意味が込められているという。そんな教授に、若者に訴求する学員会のネーミングについて聞いてみた。「国際経営学部は略すと国経(こっけい)。滑稽な学部と思われても困るので、『Global Management of Chuo University』から『GLOMAC( グロマック)』という愛称を提案しました。学生も自分たちを『グロマキアン』と称したりして仲間意識を高めるのに役立った。やはり『学員』という名前が固いですね。学員はそのまま正式名称として残すとしても、若い人が共感するような、簡単に呼べて、カタカナやローマ字の愛称を作ってはみてはどうでしょう」と提案している。 

飯田朝子氏

飯田 朝子 氏
中央大学国際経営学部 教授

いいだ・あさこ
東京都出身。平成11(1999)年、東京大学大学院人文社会系研究科言語学専門分野博士課程修了。平成13(2001)年、中央大学商学部に専任講師として着任。2015年から2017年まで米国UCLA客員研究員。令和元(2019)年国際経営学部教授。同年から日本ネーミング協会理事、日本ネーミング大賞の審査員も務める。専門は言語学。

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