實地應用ノ素ヲ養フ 第1回
毎年、豪雨災害が発生し、そのたびに各地で大きな被害が生じている。洪水・水災害の対策には気象科学や水のメカニズムの理解と、防災面や環境面でのさまざまな知見が必要であり、行政を含めた地域社会全体に対する働きかけや情報提供も不可欠。水を一つの切り口に、社会基盤のあり方を考え、持続的社会づくりに貢献しているのが、本学の河川・水文研究室である。
全体を理解し考える人材育成が必要
研究開発機構河川・水文研究室は、水に関することなら何でも研究の対象とする研究室。洪水・水災害の対策や水質・放射性同位体などの環境問題、気象現象や降雨流出現象、水理現象といった水循環のメカニズムの理論的研究を中心に観測・実験・数値解析を用いて総合的に研究している。指導する山田正教授は、令和3(2021)年まで務めた都市環境学科(旧・土木学科)では“名物教授”の一人として知られ、現在は中央大学研究開発機構の教授として大学院生らの指導にあたっている。研究室には、学部時代から中国、韓国、台湾、ベトナム、タイなどの留学生が多数在籍する国際的な研究室である。
水に関する専門家で、河川工学、水文学の研究者である山田教授は、教育者としても国内外の専門家の育成に力を注いでいる。都市環境学や水を知る専門家を育成する必要について「私は以前、頼まれてベトナムの学校の校長をして、現在もそこの顧問をしている。ベトナムと言えば多くの人がメコン川とその氾濫により豊かな農耕地帯となったメコンデルタを思い浮かべるだろう。しかし今は、メコン川の上流の国々にいくつものダムが作られて、上流から土砂が運ばれなくなったことにより海岸浸食や河岸侵食が発生し、また河川水が減ったことによる塩水遡上等の問題も生じている。氾濫はほとんど起きなくなった。それでよかったかというとそうではない。ベトナムの土地は干上がり、農業は深刻な影響を受けている。このように、土木事業というのは常に開発と環境の問題を同時に考えなければならず、特に水に関わる問題は広く多くの人々の暮らしに影響を与える。そういう全体を理解し、考える人材の育成が必要だ」と語っている。
研究者や技術者だけでは都市防災はできない
2月末の平日の夕刻、スーツ姿の人々が数名ずつ研究室を訪れた。江戸川区、千代田区の防災担当者たちだ。研究室で名刺交換の後、教室に入ると助教や院生らの研究発表が始まった。都市部河川での氾濫のシミュレーションや水害の回避策、市民の避難動線、過去の水害地域での災害後の若年人口の減少などさまざまな視点からの研究・考察の発表だ。途中、山田教授から内容についての指導が入り、また自治体職員からの質問や意見も活発に出された。都市防災の政策立案にあたっての情報の収集と交換のために、研究室ではこうした自治体職員らの訪問と研究発表が毎週のように行われているという。
今回発表した院生は4 月から国土交通省への勤務が決まっている。研究室からは公務員も多く輩出している。山田教授は学生、院生の進路指導にも熱心だ。「以前は省庁のトップや中枢は文系がなるものと言われたが、今はそうじゃない。国交省、環境省、経産省の主要ポジションで活躍する理系出身者はたくさんいる。学生の中には研究者に向いている者もいれば役人に向いている者もいる。役所に行って偉くなるということは政策決定に関われるということだ。研究者や技術者だけでは都市防災はできないからね。そのための道筋を作ることも我々の仕事だ」とも語っている。
教え子の発表に、ときに「昭和」の師弟関係を思わせる厳しい叱責もする山田教授だが、学生・院生の将来を思う深い愛情は、彼らには十分伝わっているようである。
中央大学研究開発機構とは
中央大学研究開発機構は①今日的課題の解決に寄与する知識を生み出すことにより、社会に貢献すること、②産官学の連携・研究交流を深化させること、を使命とし、学外から提供される資金(外部資金)を利用した学際的共同研究を行う機関。平成11(1999)年に開設され、後楽園キャンパスに専用施設と事務局が置かれている。
https://www.chuo-u.ac.jp/research/introduction/rdi/outline/
浸水検知型自動販売機の開発〜留学生支援にも活用
大雨による浸水等の発生に際しては、迅速な災害対応や地域への情報発信を行うため、地域における浸水の状況を、速やかに把握することが求められている。また、地域内で活動を行うさまざまな企業等の店舗や事業施設の適切な管理、住居や車両の浸水被害への保険金支払い等、災害後の対応の迅速化などのため、浸水の状況を容易に把握する仕組みへのニーズが高まっている。
こうしたニーズへ対応するために、設置者に資金的負担、管理の負担がない「浸水検知型自動販売機」を開発、製造し、それらからの情報を収集する「ワンコイン浸水センサ実証実験」が国土交通省において実施されている。開発した自動販売機も本実証実験の一つとして採用され、現在全国に設置を呼びかけている。
そして、山田教授らの発案により自動販売機を設置する大塚製薬と提携して、本実証実験機から得られる飲料水売上の一部を本学留学生支援に充てる試みも検討されており、防災面以外の設置意義も加えることで普及を図りたい考えだ。
官民連携による浸水域把握イメージ
地域における浸水状況の速やかな把握のため、浸水センサを地方自治体や企業等との連携のもと設置し、情報を収集する仕組みを構築。
活用イメージ
浸水センサの情報により、災害時は人員配置(道路冠水や避難所開設等)や住民の避難誘導を早期かつ適切に行い、復旧時は被害状況の把握(罹災証明の発行等)を簡素化・迅速化することで、災害準備・復旧活動への支援が期待される。
浸水検知型自動販売機
浸水センサを取り付けた災害対応型自動販売機であり、これを電源及び電波発信装置として浸水情報を送信する。また、災害時には無償で自動販売機に備えられた飲料水等を無償共有する機能も備わっている。設置費用は飲料水メーカー側が負担することから、浸水センサの設置費・維持管理費はゼロ。センサ本体に異常が発生した場合は、飲料水メーカーがメンテナンスにも対応する。
山田 正 氏
中央大学研究開発機構 河川・水文研究室
教授・工学博士
やまだ・ただし
昭和49(1974)年、中央大学理工学部土木工学科卒。同大学院博士課程から東京工業大学、防衛大学校、北海道大学を経て平成3(1991)年に中央大学理工学部助教授、翌年から令和3(2021)年まで教授。現在は中央大学名誉教授、同・研究開発機構教授。土木学会、国、東京都ほか自治体の委員等を多数務める。ベトナムで幼稚園から高校までの一貫教育を日本の教員が日本式で行い、日本の大学にも留学できる日本国際学校(Japanese International School)の初代校長も務めた。