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母校・中央大学を想う 学員からの提言

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本欄では、各界で活躍する学員からの提言を掲載していく。(連載)

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大切なのは「自主・自律」精神
学外にも広く人材を求めるべきだ

2016年(平成28年)9月20日
才口 千晴 (昭36法)

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 中央大学への提言ということだが、私が大学に何を言えるだろうか。いろいろ考えて書にしてみたのが「自主・自律」という言葉である。自主性、独立性が大切。誰かに与えられたもので何とかしようとか、他律ではだめだ。自分が立てた規範に従う自律。これを学生にはもちろん、大学に対しても伝えたい。

 1964年(昭和39年)に司法試験に合格した私の法曹生活は既に半世紀以上になる。弁護士になって20年を過ぎたころ、高度経済成長に陰りが見え始め、その後はバブル経済の崩壊やリーマンショックなどで倒産事件が激増した。早い時期から倒産案件を手掛けていたので「倒産弁護士」などと言われた。事件処理だけでなく、法制審議会の委員などを務め、「民事再生法」の立案や「会社更生法」「破産法」の改正にも関わった。そのような中で、1994年(平成6年)から中央大学で講座を持つことになった。
 当時、司法改革の話が出ていて、弁護士から実務家教員を大学に出すということになった。弁護士会の副会長をやっていた私を含め、何人かが行くことになったわけだが、現職の教授陣からは随分バッシングを受けた。ある先生からは「弁護士風情に何の講義できる」と言われた。「あなた方は何を教えているのですか」と言い返したかったが、学部で教わった先生だったから遠慮した。
それでも多くの学生が受講してくれた。司法試験の考査委員も務めていたから、講義中に試験問題を漏らすのではないかと期待した学生もいたのかもしれない。もちろんそんなことはないが、司法試験の合格率も上がったから、成果があったと思っている。これが今の法科大学院の礎になっている。

 法曹論も担当した。教授と判事、弁護士と検事の4人がオムニバス形式で「法曹とは何か」を考えるもの。中大独自の個性ある科目だ。実務家教員の派遣はその後も続き、私の後を中大の後輩だけでなく、他大出身の弁護士らも引き継いでくれている。中大だけでなく他大出身の優秀な連中が集まりコラボするということが大切で、中大出身者だけの自前主義では決してよい結果は生まれないと思う。

 2004年(平成16年)に最高裁の弁護士任官判事となった。判事の内示があったときは随分迷った。弁護士任官判事が在任中に亡くなったり、退官後すぐ倒れたりしていることを知っていたし、何よりも、権力と闘う弁護士から、裁く裁判官という側への正反対のポジション変更ができるのだろうかと思案した。就任して4年8カ月の任期中に処理した裁判件数は、実に1万4896件。月平均271件で、これは処理の限界を超えた件数である。
 最高裁は意外と違憲判決が少なく、64年間でわずか8件しかないが、私はそのうちの2件に関与した。一つは主任裁判官をやった国籍法3条の婚外子の件、もう一つは在外邦人の選挙権の問題だ。仕事量が多く、しかも日常生活も不自由で大変だったが、何とか務めた。最高裁判事は15名。私は歴代136人目で、中大出身としては11番目。母校からは現在まで14人が務め、東大や京大に次ぐ人数なのだから、このことについては、中大生は誇りを持っていいと思う。

 司法制度改革で弁護士の数が増え、拝金主義の弁護士が増えたような気がする。弁護士の仕事は正義の実現だ。正義とは何か。東條内閣の翼賛選挙を無効だとした“ 気骨の判事”吉田久先生は、「正義とは、道に倒れているおばあさんがいたら、それを背負って病院に連れて行ってあげることだ」と、書生だった久野修慈さんに教えたという。
 吉田先生は中大で教えていた1960年(昭和35年)、安保闘争で学生が警官に殴られているのを知ると、保守派であったにもかかわらず、貸切りバスを大学に呼んで、「学生も教員もこれに乗って国会に行け」と言った。それが先生の正義。多くの学生がそれに乗って国会に行き、ワッショイワッショイやった。時代が違うと言うかもしれないが、そのような先生がかつての中大にはたくさんおられたし、そういう方から学生は哲学のようなものを学んだ。
 職業としての弁護士の魅力の低下が法学部人気を下げ、それが中大の評価を下げているというが、法学部だけが突出するというのもいかがなものか。10年間、多摩校舎で教えた私は、移転は中大にとって所期の目的を達していないと思う。しかし、今、法学部を都心に持ってくれば中大はよくなるのかというと、それもいささか疑問である。

 法学部を含め中大を第一志望とする学生は減っていると聞く。希望する大学に落ちて来るらしい。だが、それでもいい。そこで人間力を持った教授が人間力ある教育をすれば、学生は育ち、そうした卒業生の活躍が大学の評価を高める。人間力のある、魅力のある教授陣を集めるためには学部出身者にこだわることはない。卒業後、大学の外に出た人を呼んでもいいし、他大学の優秀な者を集めるべきだ。もっと開放的にすることで人材が集まり、教育の質が高まる。「いい学生が来ない」などと嘆くのではなく、持っている能力を引き出し、高めて世の中に送り出すのが教育だと思う。

 中大には実学教育の伝統がある。理論は大事だが、理屈だけではだめだ。司法の世界だって、理屈だけに凝り固まっていては紛争は解決しない。大学は学問と実践をしっかり身につけさせる教育をしていかなければならない。そして学員も、もっと自信を持って世の中に出て行ってほしい。中大出身者の多くは、それぞれの業界の現場でしっかりと仕事をしている人が多いが、どうも自分を売り込むのが下手のようである。
 大学は誇るべき実学教育の伝統を守り、質を高め、そして世の中で役に立つ人材を養成し、送り続けてもらいたい。学員は母校の伝統を誇りに思い、「自主・自律」の精神により世の中で活躍する。それが中大の評価を一層高めていくことを期待する。

才口千晴(さいぐち・ちはる)氏

1961年(昭和36年)法学部卒。弁護士で倒産法の専門家。多くの大型倒産や企業再生案件を手掛ける。2004年(平成16年)から最高裁判事。現在はTMI総合法律事務所で後進の指導に当たる。

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