拉致事件 ―― 国民的な啓発を
蓮池薫さん講演会を主催して

町田支部 副支部長 諸澄 誠司(1985〈昭和60〉年 法学部卒)

 北朝鮮拉致被害者のひとり蓮池薫さんは1957(昭和32)年の生まれだ。私より4つ上の兄に当たる年齢である。
 弁護士を志望し1976年に本学法学部に現役で入学した。大学は1978年に多摩校舎が開校したので、蓮池さんも駿河台への通学から多摩に移った。
 蓮池さんが柏崎の海岸から拉致されたのはまさにこの年の7月31日、大学3年生のときのことだ。
 交際相手の祐木子さんと図書館で待ち合わせ、浜辺まで歩いて行き腰をかけた。見知らぬ男に流暢な日本語で「たばこに火を」と頼まれた瞬間、いきなり顔を殴られ猿ぐつわをされ、袋詰めのうえ船で運ばれる。
 不条理小説と呼ばれる文学があるが、この時から実に24年もの間、母国に帰ることを許されず、逆らえば殺されるかもしれない監視下で生きなければならなかったのだから、これはもう不条理劇そのものである。
 両親は忽然と姿を消した息子を必死になって捜索し、何度も海岸線を歩く。アパートの家賃は払い続け、大学には「休学届」を提出し、学費も納め続けた。
 80年になって、別のアベック誘拐未遂事件を追っていた産経新聞の記者が、蓮池さんらの行方不明事件について、「外国スパイが関与か」とスクープした。当時、高田馬場の浪人生だった私は一連の記事をぼんやりと覚えているが、こうした報道は国内反共思想や極右陣営の思潮の一片だろうとしか受け止めなかった。北朝鮮は拉致を完全に否定し、日本の報道に対して「日本反動勢力の策動」と反論していたが、あの頃の私はまさにこの論調だったのだから我ながら忸怩たるものがある。外国スパイが日本人をさらっているなど、「陰謀論のひとつ」と切り捨てていたのだ。
 時は巡って1997(平成9)年、横田めぐみさん事件が実名報道されると、北朝鮮による日本人拉致が盛んに報じられるようになり、同年に家族会や議員連盟が結成された。そして2002年9月、ついに金正日が拉致を認め謝罪する。被害者を帰国させる対価として、日本の経済援助を狙ったと言われる。北の極限にまで達した経済的困窮が事件解明の端緒となったわけだ。蓮池さん夫妻や曽我ひとみさんらが羽田に降り立ち、家族らと肩を抱き合ったのが同年10月15日だ。
 2年後の2004年、子供たちを取り戻した蓮池さんは除籍となっていた母校中央大学に復学する。しかし卒業したときは既に50歳。大学卒業の喜びの隅で、失われた歳月がどれだけ無念だったろうと私は思う。

講演する蓮池薫氏

 今回、「蓮池薫氏講演会『日本人拉致の真相と問題の解決』」が開催できたのは、蓮池さんと繋がりを持っていた草薙一郎支部長の労によるところが何より大きい。会場選び、日程、告知などの準備、蓮池さんとの打合せ、会場の担当決めなど、事務局の神永矩誠幹事ら支部役員がよくやってくれた。著書サイン会などの案も組み込んで、綿密な計画が功を奏したのか、当日は一般市民を含む多くの受講者で会場は満席となった。町田支部創立40周年記念として何かイベントを行いたいと思った際、私がOBである蓮池さんを呼びたいと初めて提案したのが昨年5月だったから、1年余りかけて準備を進めてきた企画だった。
 蓮池さんは懇親会にも出席し、私たちのプライベートな質問にも気持ち良く答えてくれた。例えば、著作には祐木子さんのことがほとんど書かれていないが?との問いに、「妻は表にでるのが苦手なので書きません。そのことで週刊誌には“蓮池離婚?”と書かれま
した」と苦笑。また、卒業までは猛勉強したのですかと私が訊くと、「中大の先生方が新潟まで来てくださり、そこで講義をうけました。警備の関係もあったからですが恐れ多いことでした」と笑っていた。
 拉致問題はいまだ解決していない。そればかりか家族会の高齢化などもあって益々深刻な影を日本社会に落としている。「啓発は国民で、解決は政府で」。語気を強めてそう語った蓮池さんの真摯な姿が忘れられない。

主催者挨拶より 声を上げ続けることが重要

草薙 一郎 氏
(町田支部支部長。1980〈昭和55〉年 法学部卒)

 北朝鮮による日本人拉致は国家犯罪であり、人権侵害の極みです。しかし、間違ってはいけないのは、これは北朝鮮当局による犯罪であり、北朝鮮に住む一般の人々とは明確に区別して考えなければならないということです。先日、人権擁護委員の大会で曽我ひとみさんのお話を伺いました。現地の人々に温かく接してもらったことや、厳しい食料事情の中でお弁当を分け合ってくれたといった話をされ、国家による行為と、そこに住んでいる人たちを同一視しないでほしいと言われていました。

 私たち市民は直接当局と交渉はできません。だからこそ、この問題を忘れず、まだ戻ってこない人たちへの「帰ってこい」という声を上げ続けることが重要です。

※ ページTOP写真は「町田市文化交流センターで開催された講演会には、学員のほか一般市民も多数来場した」

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