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東京港区支部

中央大学学術講演会/懇親会を開催

▽2023年10月27日(金)
▽東京プリンスホテル本館2階「サンフラワーホール」

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 学術講演会は講師に本学法学部教授 北井辰弥先生を迎え実施した。「新型コロナ明け」の開催で久々のためか、従来より聴講者が漸減傾向にあり、関係者60名に加え一般聴講者12名で行った。演題は「英吉利法律学校と近代日本」で、現在、東欧や中東で隣国同志が国際ルールを無視して戦争の真っ最中である反面、法治国家を成立させた日本は平和である。其の日本の法治国家構築へ導く礎となったのが「英吉利法律学校」による「英吉利法」の効果的反映であったとされているが、ではその「英吉利法律学校」はどのようなもので、どのような影響があったのかを興味を持って聴き取ろうとする聴講者で席を埋めた。

 先ず、土屋準幹事長の司会で根岸清一支部長の開会の挨拶。続いて川村五作副支部長より北井先生のプロフィール等の紹介があり講演に入った。
 講演の概要は、日本は明治期に突入してから急速に近代化が推進されて、西洋文化と様式の大々的導入と共に法も西洋化を目指し促進していった。明治13(1880)年増島六一郎氏は彦根藩から岩崎弥太郎(三菱財閥)の資金援助によって、英国ミドルテンプルに留学し、明治18(1885)年「英吉利法」を修得して帰国後、18人の若手法律家(本人を含む)らと共に英吉利法律学校を開校し、学校教育として近代日本へ「英吉利法」を反映させ広めた。これが後に日本に定着し法支配に基づく平和な法治国に至った導祖となったのであります。以後、明治22(1889)年「東京法学院」へと進展し、更に明治36(1903)年「東京法学院大学」に成長を遂げ、愈々明治38(1905)年には「中央大学」が穂積陳重先生によって創立の運びに至ったのであります。
 以上、北井先生は母校の起源と設立(誕生)を聴講者にスクリーンを見せながら平易に熱弁されて終了。人気は上々であった。講演会終了の挨拶は鈴木誠副支部長が行い、その後、川窪臣知広報部長の指示で記念集合写真撮影を行った。

 懇親会に入り、司会は福田守弘副支部長で、支部代表の開宴の挨拶は浅野幸惠副支部長が行った。その後、学校法人中央大学常任理事 石井靖先生に主賓の祝辞と本学の近況報告を交え御挨拶を賜わった。次いで、学員会本部代表挨拶を榎秀郎副会長に賜り、続いて、土屋準幹事長が、来賓者25名の御紹介を一人ひとり丁寧に行った後、登壇されて、「乾杯」の御発声を講演会講師の北井先生の恩師である井上彰名誉教授が北井先生との昔話を交え行って下さった。そしてそのまま食事、歓談へと進行して、暫く経過した後、アトラクションの「室内楽の夕べ」となり、ヴォーカルの奥戸居美可さんが登場してジャズを5曲披露し雰囲気を和ませた。其の後、来賓のスピーチに入り本学副学長の佐藤信行先生に御登壇していただき本学学友会応援部の部長としてのスピーチを賜わった。次いで、学員会副会長 野口曻平様に都区内支部連絡会の幹事支部(東京文京区支部)としてのスピーチをしていただいた。そして引き続き、全員起立し、校歌斉唱を行った後、国分寺白門会支部 小山浩伸支部長が登壇し中央大学及び港白門会への激励のエールを切って会場の士気を高潮させた。その後、中締めを竹内敬雄事務局長が3・3・7の手拍子リードで締め、次いで、全員その場に立ったまま惜別の歌を斉唱。殿(しんがり)は港白門会 程塚理事長の閉宴のことばでおひらきとなった。さらに取り急ぎホールの出口に執行役員らが集合整列し散会となって、帰途につく御来賓各位を感謝の意をお辞儀で表しながらお見送りさせていただいて全日程を終了した。

(広報部長 川窪臣知)



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