實地應用ノ素ヲ養フ 第6回
令和6(2024)年1月、月面探査機SLIMに搭載された超小型ローバ「LEV-1」が、約38万km彼方の月面での完全自律探査と跳躍移動、地球との直接通信に成功するという世界初の快挙を達成した。この偉業を成し遂げたのが、中央大学理工学部の國井康晴教授らが開発したロボット技術である。限られたリソースの中から生まれた革新的な技術が、宇宙探査の新たな扉を開いた。さらに今年3月には、このLEV-1の成果を引き継ぐ現在の研究プロジェクトと民間宇宙開発企業ispace社の間での月面探査に向けた産学連携も発表され、注目を集めている。
制約が生んだ革新技術
30年前、國井教授らが期待していたのはアメリカのような中・大型ロボットを用いた月面探査技術の確立だった。そして、より具体的な目標として、日本もロボット技術を使って月に行き、月の情報を持ち帰ろうと考えていたという。月面でのロボット探査技術の確立が一貫して追求してきたテーマであり、LEV-1もその中で誕生したという。
LEV-1は従来の宇宙探査ローバとは全く異なる発想で作られた。通常のローバーが車輪やキャタピラで移動するのに対し、LEV-1はバネの弾性により「跳躍」しながら移動する。岩は小さいほど数が多くなるため、通常のローバでは機体が小さいほど移動で不利になるが、月の重力は地球の6分の1のため跳躍ならば十分に有利な移動法になる。この発想は、さらに重力が小さい小惑星の探査機「はやぶさ」に搭載されていた探査ローバ「MINERVA(ミネルバ)」で採用されていた技術の継承である。
そして、このLEV-1は超小型であり、2.1kgという軽量さも特徴である。しかし、最初から小型ロボットを志向していたわけではない。「容積・重量と潤沢な予算といったリソースが与えられない中での挑戦で、それ以外の選択肢は難しかったのです」と國井教授は語る。理想を描いても、現実の制約が立ちはだかっていた。宇宙開発の現実は厳しい。「SLIMに搭載するには、これ以上の大きさ、これ以上の重さではだめ」という絶対的な制約が課されており、それがSLIM 側の設計の事情により頻繁に変わるという問題に常に直面していた。「とはいえ、人生でも研究開発でも全ての状況が整うなんて恵まれたことはこれまでも無かったですよ」という國井教授の言葉には説得力がある。
厳しい制約から生まれたLEV-1は、月面での完全自律探査と地球との直接通信成功という世界初の実績により、宇宙探査の新たな可能性を切り開いている。LEV-1は月面に着陸後、跳躍移動を繰り返しながら周辺を探査し、子ローバであるLEV-2が撮影した月面の写真を、地球から約38万km 離れた月面から中継基地を介さずに地上と直接通信を行った。
「今は高性能で高精度の大型ロボットには興味はない」と國井教授は言い切る。自分が何を作りたいのかではなく、何のため、誰のために、どのようなシステムを設計するのかが重要だからだ。小型ロボットは機能に制約があったものの、打上げ機会獲得には有利に働くことになった。正に発想の転換だった。
未来を見据えた産学連携
LEV-1の成功は、単なる技術実証を超えた意義を持つ。将来の月面探査における小型ロボット技術の可能性の基盤を築いたのである。國井教授は現在、内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」のプロジェクトを統括し、月の地下溶岩トンネルを探査する群AIロボット「RED」を開発中だ。これは月惑星探査において多数の小型ロボットが協調し、AIによる自己組織化によりロボットが独自の社会構造と活動を生み出す可能性を追究する研究開発プロジェクトである。
「ムーンショットのプロジェクトは未来を見据えています。現時点だけを考えれば必要ないことも多いですが、次の世代、さらにその次の世代、2050年の未来を考えると、自己組織化による探査技術が今から重要になってくるのです」と、今後の展開を述べている。

「RED実機、LEV-1地上テスト機、SLIM模型」
今年3月、中央大学とispace社は月溶岩チューブ探査を目指す技術検討の覚書を締結した。「溶岩チューブという洞窟には、いずれ探査に行かなければなりません。月面探査が続けば、月の南極の探査も、洞窟の探査も必ず行われるでしょう」(國井教授)。
この技術検討協力により、「中央大学が話題になり注目されて、例えば受験生やOBにアピールすることなどにつながるなら嬉しい」と國井教授は語る。また「卒業生にも政治家や官僚、起業家もいらっしゃるでしょうから、興味を持ってもらい我々の取り組みが活用されたら面白い」「何か一緒にできたり、何か協力したりということがあったら」と学員ネットワークにも期待をにじませる。
技術継続と新しさのバランス
國井教授の研究室からは研究者ばかりでなく、一般企業に進む学生も多い。業種も宇宙やロボット関連だけでなく、多岐にわたる。そんな学生たちに対して、國井教授は日ごろから「今まで学んだ技術で面白いことをやってみればいい。それを一生懸命やれば、自然と卒論や修論も書けるようになる。それは修論になりますか?とか、研究になりますか?とか、そんなことに悩まず思うままに前に進みなさいと伝えます」と。教授自身、幼い頃から宇宙への憧れを持ち続けてきた。「『宇宙戦艦ヤマト』や『ガンダム』を見て宇宙に興味を持っていました。NHKの科学番組で紹介される宇宙の成り立ちなども好きで、そういう方向の技術に携わりたいと思いました」。
そして國井教授が強調するのは、技術の継続性と新しさのバランス。「今の日本の研究開発の世界は『新しい』ということを過度に重視している気がします。誰もやっていない新しいことは確かに大切ですが、新しいこと以外は評価されない状況」に危機感を持つという。「目の前で動くものを作るには、新しさだけでは足りない。ものを作って動かすことと新しい技術を開発することは車の両輪のようなもの。動かしてから始まる新しさもある。一方、宇宙開発はシビアで、動かなかったら何にもならない」と指摘する。LEV-1の月面での成功も、25年間にキャンセルされた月面探査計画のためのロボット開発の時から、あきらめずに探査ロボットを作り続けて研究を継続してきたために生まれたわけだ。
制約を障壁としてではなく、創造への出発点ととらえ、新しいものを創造しつつも既存技術の継続を大切にする……そして何より、それを「面白がって」取り組む研究者、技術者、その協力者が、本学から輩出され続けることを期待したい。

國井 康晴 氏
中央大学理工学部 教授
くにい・やすはる
中央大学理工学部電気電子情報通信工学科教授。博士(工学)。平成6(1994)年中央大学大学院理工学研究科修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。平成9(1997)年より中央大学理工学部に着任し、平成26(2014)年から教授。専門は遠隔知能ロボティクス、フィールドロボティクス、宇宙ロボット。惑星探査や災害時など、人が介入できない環境で活動するロボットの開発に取り組む。