
半世紀前の「女子陸」の思い出
「女子陸(ジョシリク)の激励に鹿児島県の大崎町まで行ってください」と昨年夏の盛りに、学員体育会から電話を受けた。唐突ではあったが、ジョシリクという言葉の響きに少々心が波立った。半世紀も前のことだが、私は女子陸の監督をつとめられた浜松ヨシ江さん、ご主人の晃さんのお宅に寄宿して中大付属高校に通っていた。
人生の中で一番の恩人である浜松のおじさん、おばさん、そして小金井のお宅の中庭が心に浮かんだ。何の恩返しもできず時は流れ去っていた。この機会にできることはないかと考えたが、8月は神職として初盆(ウイボン)祭の奉仕が待っていて多忙である。その旨を告げた電話で、中村哲郎監督が中大付属の一学年先輩であることを識り、思わず「来春は宮崎で合宿をしませんか」と誘ったのが、今回の経緯である。
宮崎初参入。合宿先・練習場の手配
合宿の候補地選定にあたっては、「スポーツランドみやざき」の持つ優位性を示した。学生の合宿を応援する意義を、昨年支部長に就任して以来、総会や役員会で常に語ってきた。思えば我々の学生時代も、地方での合宿では先輩方の温かいお心づかいがあったのだと、この齢になって手を合わせている。
宮崎において陸上競技場の手配は、箱根を走った支部副幹事長の野脇勇志さん(平24法)が担当してくれた。今回春のキャンプシーズンに初参入だが、関係各位のご理解を得て、監督のご希望通り確保することが叶った。
また、宿舎は大淀河畔のホテル金住。私は宮崎神宮禰宜として「神武さま」の御旅所のことや、20年間毎年、三ヶ所神社の神楽を奉仕した「たまゆら温泉かぐらまつり」で供に汗を流した先代の思い出をおかみさんと話すことができ、優先的に台帳に書き込んでいただいた。
予算に限りのある後輩達の合宿に対しては、応援は些少であってもしたい。そして彼ら彼女らが卒業してどこで暮らしても、春合宿を経験した宮崎がどこまでもついていくこと、その時の出会いが深く記憶されることを祈りたい。そう、移動祝祭日のように。


